コラム

第8回 奥ゆかしい人々

私の趣味の1つは花の写真を撮ることです。何年にも渡って撮った花の写真を額に入れて、クアラルンプールの日本人会のロビーの壁に飾ってもらっていました。事務局の人には、もし私の写真を気に入ってくれて、欲しいと言ってくださる人がいれば、差し上げても構いませんと言って、飾ってもらいました。

そのようにして飾ってもらっていた写真の20枚すべてがある日突然消えてしまいました。どういうことかと日本人会の事務局の方(マレーシア人)に聞きますと、「欲しいという人がいたので、上げました。」という回答が返ってきました。事実私は欲しいという人には上げてもいいと言いましたが、壁にかかっている写真をすべて上げてしまい、1枚も残らない状況は想像していなかったので、その回答に非常にショックを受けました。

もともと私の写真をロビーの壁に飾っていただく趣旨の1つが、壁に何もなくて殺風景なので、花の写真なら喜んで飾りましょうという事務局長の思いもあったのです。そして私の写真を見て、欲しいなあと言ってくれる方が1人か2人現れたら、そっと上げて欲しいと思ったのです。

私の写真が消えた顛末はこのような状況だったそうです。ロビーの前に日本人のご婦人たちが大勢集まっていて、私の写真を見て、「いい写真ね。」とか話をされていたそうです。「あれは諸江さんの写真よ」「欲しいけど、どうしたらいいの?」とか言っている時に、事務局の人が「諸江さんは欲しい人には上げてくださいと言っていました」と言ったので、皆が先を争って写真を取ろうとしたので、彼が1人1枚ずつと交通整理をして、写真を皆さんに配ったそうです。

写真を撮った私としては20人ものご婦人方に気に入ってもらえたことは非常にうれしく思いましたが、日本人会の壁から写真がすべて一瞬にて消えたことに愕然としました。なぜご婦人たちの中に「皆でもらったら、この壁は殺風景になってしまうから、もらわないで、ここに来て眺めましょう。」と言ってくれる人がいなったのかと悲しく思います。

私の実家は商売をやっていましたので、子供の頃に、商人としての手ほどきを両親や祖父母や店の人から多少なりとも受けましたが、それと同時によいお客になる手ほどきも受けました。あるものを買いに行って、そのお店にそのものが10個しかなければ、10個全部を自分が買ってしまうと他の人が買いに来た時に困るから、10個必要でも我慢して、6個か7個だけ買って帰るのが、よいお客さんであり、人間として上等な部類に属する人だと教わりました。実際、お店にとっても、1人の人が買い占めてくれれば、手間が省けていいかといえばそうではなく、長い目で見るとそれは歓迎されるべきことではありません。次にその商品を買いに来た人が、その店にはその商品がないことに失望し、2度とその店に来なくなる可能性があるからです。品揃えの悪い店というレッテルが押されてしまいます。ですからお金を払って買うのだから、何をどれだけ買ってもいい、というのは倫理的にもビジネス的も決してよいことではないのです。

それと同じで、いくら「ただで持っていってもいいですよ」と言われても、20人の人がもらえば、公共の場を飾っている装飾品のすべてがなくなってしまうという事実に気づく奥ゆかしさを持った方が1人くらいはおられてもよかったのにと思います。私はもう2度と写真を日本人会には飾らないでおこうと思いました。