マレーシアの法廷の表裏
第6回 実しやかな常識の嘘・仲裁の方が裁判より早くて、安くて、楽に解決

世界中どの国でも、契約を結ぶ時には、当事者間の紛争解決のための方法が契約の中に織り込まれます。マレーシアでは、当事者間に紛争が起こり、両者の話し合いだけで解決ができない場合、高等裁判所に提訴するか、あるいは仲裁所(アビトレーション)に提訴することのいずれかが規定されます。通常、経験の少ない弁護士や法廷に立たない(立てない)弁護士は、契約作成の段階で、高等裁判所はフォーマルだが、アビトレーションはインフォーマルで、解決も早いので、紛争の解決はアビトレーションにしましょう、などと提案をします。確かにアビトレーションは3審制の通常の裁判と違って、アビトレーションでの決定を最終決定とすると契約に書き込むこともできるので、1回の審判で紛争が解決するからよいと思われがちですが、実はアビトレーション自体が時間がかかり、お金がかかり、証人の証言を中心とする審理が行われるので、当事者や関係者が証人として必ずアビトレーションの場で証言をしなくてはならない、大変苦労の多い紛争解決手段なのです。

まず「早くない」理由ですが、アビトレーションを行う場所がマレーシアで1箇所しかありません。クアラルンプール地域アビトレーション・センターです。場所はKLのハンディ・クラフト・センターの前にあります。そのセンターは昔のお屋敷を改造したものですが、なんとアビトレーションのための部屋が大部屋では2つしかなく、あとは数人が入れる小部屋なので、1日に行われるアビトレーションの数は通常2件のみです。もちろんセンター以外の弁護士事務所やホテルなどの他の場所でアビトレーションを行うこともできますが、通常はアビトレーション・センターが使われますので、場所の確保がむずかしく、早く審理が進みません。

もう1つの遅い理由は、アビトレーター(仲裁判事)は、1人または3人となっており、3人の場合、3人が全員出席しないといけなので、アビトレーター3人の都合が合わないと審理は開催できません。その上、アビトレーションに関わる弁護士が、高等裁判所や控訴院などに出廷する場合には、そちらが優先され(法律でそのように決まっています。)ますので、双方の弁護士の都合も合わせる必要があります。あるお客さんのアビトレーションは99年以来未だに継続しています。それは1年に2度か3度しか会場、アビトレーター、弁護士の都合がぴったり合う日がないためです。

「安くない」理由は、「楽でない」理由と根っこは一緒です。アビトレーションは当事者の証言が中心の審理ですので、当事者、関係者が双方から数名ずつ出てきて、証言をします。弁護士は証拠書類を編集し、すべての証人から事実を聴取し、証言をする人の陳述書を作り、証言をする人がうまく証言できるように何度も話し合いと練習を重ねます。通常意見やコメントを述べるだけの証人、たとえば政府機関の担当者とか、不動産鑑定士ですと、2、3日の証言で終わりますが、当事者の場合、20日間4週間に渡って証言が行われたことがあります。私はその4週間、日本人の当事者の証人の通訳を担当し、証人の人と同様疲れ果てた経験があります。

つまり高等裁判所でのやりとりのほとんどが弁護士によってなされるのですが、アビトレーションでは当事者が証人として審理の最初から登場します。証言自体とその準備に時間が膨大にかかるのがアビトレーションです。数人の弁護士が膨大な時間を使って準備をするので、弁護士費用はかさみます。そして当事者以外の証人に証言してもらうためには、交通費、宿泊費、謝礼をその人に払わなくてはなりません。日本から証人を1週間呼ぶとなると、1人あたり50万〜100万円は必要になります。私のお客様の1人はアビトレーションが2週間あるとそのたびに、合計すると20万〜30万リンギットをアビトレーター、弁護士、通訳、証人に支払っていました。少しも安くありません。

そして依頼人、つまり当事者が長い長い証言をしなければならないので、大変です。私の経験では高等裁判所の1人の証人の証言は最長で3日でした。アビトレーションでは、先ほど述べた20日が最長でした。証言をした人は証言中の4週間で10キロ痩せてしまいました。(もともとの肥満の人だったので、結果的にはよかったと本人は言っていましたが。)その人が証言台に立つと胃が荒れて、ものすごい口臭がしてきて、横で通訳をする私もたいへんつらい思いをしました。証言の途中、その人は胃の痛みを感じて、トイレに駆け込むということも数回ありました。普通の人には一生のうちで裁判で証言をするという機会はまず巡ってこないでしょう。ましてや外国のマレーシアで20日間も朝から夕方まで毎日証言をさせられたら、たまったものではありません。それがアビトレーションの実態です。

アビトレーションはインフォーマルというのも嘘です。もちろん会場の設定はロの字型ですが、部屋に入るには背広に着タイ、革靴が義務付けられています。お客さんの息子さんが傍聴を希望し、彼は背広を着てきましたが、ネクタイをしておらず、スニーカーを履いていたので、会場に入れませんでした。しかし高等裁判所では変な格好をした人をたくさん見たことがありますので、アビトレーションは高等裁判所に較べてもフォーマルです。

もう1つは、最初述べたように、アビトレーションは通常の裁判に比べると開催すること自体が大変なので、アビトレーションでのやりとりを経験をした弁護士が少ないということです。法廷弁護士といわれる人でのアビトレーションの経験が全くない人は、当然アビトレーション独特のやり方で戦う術を身に着けていないので、アビトレーションで勝つための経験豊かな弁護士を選ぼうとすると、有名な弁護士ということになってしまい、弁護士料が非常に高くなります。最後に気になる料金を公開します。アビトレーター(仲裁判事)には1人あたり1日3000リンギット、弁護士(マレーシアで最高レベルの1人分)には1日1万リンギットが相場です。解決までに50日やれば、いくらかかるかお分かりでしょう。その上、証人の諸々の経費もかかります。そして通訳の費用もかかることをお忘れなく。